"喜劇!駅前林道"創作野郎
陸奥酔助:「猫みたいな女だった」 第三回
: 初出掲載誌:月刊七味八珍:第三号
女に初めて会ったのは上海だった。
その頃は気が早くて単純だったので、この女とこのままここで暮らそうか、それに飽きても黄浦江に
沈めりゃいいし、などと紹興酒と不埒な考えに酔っていた。和平飯店でオールドジャズを聴きながら、まだティーンエイジャーだった女に「ここで暮らさねぇか」とか「俺の子を生め」などと、飾りの無い、
欲望剥き出しの単純な言葉を連発していた。初対面のその日の夕刻にはこんな事を話していた。圧倒的な中華パワーの影響を受けていたのかもしれない。
猫みたいな女だったが、いい女だった。その頃も酒には強く無かったが、女も同じだった。
女は青島ビール一杯で出来上がり、「どこで産むのよ」「ここより蘇州がいいわ、あそこの方が田舎で住みやすそう」とか、周りの連中が呆れるほど2人でハイになっていた。
次の日の昼、寝起きに「やはりここで暮らそう」と言うと、女は「?」、それで説明すると
「そんな事言うわけないでしょう、なんであんたなんかと」、全然憶えていなかった。
深夜に部屋に帰り、ベッドで「これで理想的な親不孝が出来る」と、決意を固めていたのに。
この物覚えの悪い女のせいで、一日の始めからドミトリーの仲間に哄笑を浴びせられてしまった。
女はもとからそんな色だったかのように全体が汚れて灰色になった靴にジーンズ、緑色のトレーナーにこれまた全面汚れて曖昧な色になった灰クリーム色のコートを羽織っていた。みんなが毎日同じ
格好だった。今日はすっぽんを食べに行く計画を立ててあった。女にその話をすると、「行く行く、でも少し待ってね」と言って、服務員のポケットに無理に牡丹(煙草)を押し込んで、水しか出ないシャワーからお湯を出させ、鼻歌混じりで長い髪を洗い始めた。数ヶ月北西部を旅してきた強者までもが唖然としてしまい、「変な女」と呟いた。
女は数曲歌ってからようやく出てきた。「ああ気持ち良かった、みんなも浴びればいいに」と言うが
もとより決まった時間にもお湯が出なくて、そのせいで何人かが風邪をひいていた。誰とも無く
「また同じ格好して、風呂に入ったって関係ねぇよ、パンツ替えたのか」と聞いた。
女は「ボロは着ててもー」と上機嫌だ。着替えが無くとも、本当に気持ち良さそうだ。
再見!
上海編 つづく
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