■インド 印度 関連本再読 開始■
2002年6月 最悪日深夜、なんとなくインド関連本の再読を開始する。
[Index]
先ずは椎名誠の「インドでわしも考えた」から。
当時、椎名誠=田中康夫=ミーハー とかいうイメージがあって
逆説的な意味でこの本を買った。現場に立ち会った当時の知人・友人の某氏が
「そんなの読むのか?お前は?」と小馬鹿にしたような表情を今でも憶えている。
田中康夫なんて今では長野県知事。別にそれがどうだとも思わないが・・・。
でも逆に「インドでわしも考えた」を読んでから椎名誠に対する見方が変わったのも事実だ。
一時期はアジアに熱中していたので蔵前仁一の著作に金を突っ込んでいたが
ある時に全部捨ててしまった。今から思うと全部ドブに捨てた金だった。
当時は脱力系のこの旅行記に惹かれるところがあったので新作が出る度に買っていたが、
それはただの勘違いだった。
若さとは過ちの繰り返しだと思うが、蔵前仁一の下記の著作は読むだけ時間と金の無駄。
堀田善衛 「インドで考えたこと」は一理があってその後のアジア偏重の根元になっている。
インドと言えば藤原新也、藤原新也と言えば「印度放浪」だが、これより少し前に
同じく藤原新也の「インド読本」に出会っている。
沢木耕太郎の「深夜特急」は今でも単行本で全巻手元にあるが、彼の昔のエッセイ
「バーボン・ストリート」に比べたら全然オモシロクナイ!。
藤原新也と沢木耕太郎がたまに比べられる事があるが、ことインドに関しては
沢木耕太郎のインドに関する記述は全くもって雲古ちゃんだと思う。
まぁこれは表現者と作家の違いだと思う。
しかしこの「深夜特急」は何か旅自体がオドオドしていて読んでいてツマラナイ!
多分今度の引っ越しで沢木の著作は全部捨てると思う。
それでも将来全然後悔しないと思う。
(沢木耕太郎の著作なんて二度と金出して買わないよ!)
インド関連本はこの世で一番”ピン・キリ”の世界ではないかと思う。
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蔵前 仁一 | ++ゴーゴー・インド ++ゴーゴー・アジア ++旅で眠りたい ++ホテルアジアの眠れない夜 ++沈没日記 |
蔵前仁一の著作は既に全部捨てた。
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インドで考えたこと
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「インドで考えたこと」(岩波新書) 赤線部分の抜粋(1988年当時)
P68:人間とは
その生活、文化文明などについて、何等かの意味、あるいはジャンルで、より根本的、根元的なこ
とを考えてみたいという傾きのある人に、私はインドへ行ってごらんなさい、とすすめる。し
かし、とにもかくにもいいころ加減のところで、ホドよいカゲンのところでお茶を濁して生
きすごしたいという人には、インド行をすすめない。後者は、もし真剣にインドの偉大と悲惨
にぶっかったならば、そういうアヤフヤな人生観をひっくりかえされ、もしその人の仕事がな
にかの意味で精神にかかわりあるものであったなら、商売は一時的にも営業停止ということ
になりかねない。
P79:この土地で、人間が人間で
あることを証明し、生きていることの意味を見出すためには、思想、宗教が至高最高にして不
可欠のものとなるということは。それほどに理解に困難なことではない。
しかも、この土地で、この自然に対抗して、人間のあかしを立て、存在を証明するためにう
ちたてられた無類の思想が、極東の島に住む、われわれの祖先の人間のあかし、存在理由の手
伝いをしてくれたのである。
P81:ヒマラヤの向こうはチ
ベットなのだ。そのチベットの、恐らくは私などには想像もつかぬほどに激烈で荒涼たるも
のである筈の自然の条件に耐えて、その中で生きとおしている人間に対する、畏敬の念を覚
えさせられた。謙虚な気持ちにさせられてしまったのである。
P83:ところが、文化文明における近代史現代史的秩序においては、われわ
れ日本人は、この広大なる地域を、たとえば腰にぶらさがっていたオモシを、ドサッとばかり
おっことしてしまうような工合で、もっぱら西欧にとりついた。今度は三蔵法師ではなくて、
P84:黒船であり、咸臨丸である。
アジアはわれわれからおっこちてしまったのである。しかし、まるでおっこちてしまった
わけではあるまい。まだ遅くはないであろう。ベンチに坐っていて、私は、たとえば足のない
人が、手術なんぞで切りおとしてなくなってしまったその足が疼くという、あの気持ちを味わった。
ない足が疼く、あるいは痒くなる。その痛みや痒さをどいうにかしようと思って手を出そうと
すると、その足は、伝統として、歴史として、古代史、あるいは上代史的な精神秩序として、
実在としてはあるけれども、近代現代的な精神、文化の秩序としては、ないみたいな気
がして来る、あるいは、あってもらっては困るような気がして来る。古代史上代史的秩序にお
ける同質性と、近代史現代史的秩序における異質性。
文化創造の上で我々の苦しみは、まず、こんなようなことにあるものなのではなかろ
うか。
P85: この無慈悲で苛酷な自然の中に生きていた人々にあった筈である。
P151:それは恐らく、英国だけの搾取ではもとよりないであろう。しかし、英国の搾取という風に、
搾取ということばと英国とを、ここである程度等質なものとして対置しても、英国はそれほど
怒る資格はない筈である。英国は二百年間、東インド会社を軸として、ここにいたのだ。その
はじめの頃、デリーのムガール王朝は、東インド会社に従属していた。インドは東インド会社
の私有地であっあt。
[中略]
植民地の上にあぐらをかいた国のインテリの云うことは、その
分だけ割り引きして考えてしかるべきであろう。
P210: 「その歩みがのろうかろうがなんだろうが、アジアは、生きたい、生きたい、と叫んでいるの
だ。西欧は、死にたくない。死にたくない、と云っている。」
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福武文庫 藤原 新也 (編
集), 日本ペンクラブ (編集) 文庫(1988/03/01) 福武書店
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インド読本 目次
立松和平 ベナレスまで
田村隆一 石に刻まれた目は永遠に開く
三島由紀夫 インド通信
辛島貴子 結婚の条件
タゴール暎子 夜明けから夜中までかまどの火は消えず
山際素男 原体験
山下明子 黒い母親の賛美歌
大谷幸三 ヒジュラに会う
沢木耕太郎 死の匂い
藤原新也 火葬
渡辺建夫 インド映画の風土
夫馬基彦 出会いとしての旅
解説 藤原新也
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次回の引っ越し時に全巻廃却処分することに決定!
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