2005年7月:完全復刻版:流転屋のメニュー

金を出せばロケットに乗って100km上空から地球を眺めることが出来るようになるらしい。

しかしいくらお金を積んでも行けない国がある。

ソ連しかりユーゴ・スラビアしかり。

あの当時の”流転屋”にもう一度行ってみたいと思ってもそれは無理というものである。










[ノルウェーの林] 英蟯虫:第四章からの抜粋:初出掲載誌:『七味八珍』欧米版'96 Vol.13

西宮北口に「流浪屋」という名の無国籍料理屋があって、そこでは水餃子や焼きめしを主たる料理として、世界の一部のビールが飲めた。
料理は出来るものだけを提供してビールは入手可能なものだけをメニューに載せているだけで、料理も飲み物も、何でもかんでも一通り揃えると言った努力はしていなかった。
壁には曼陀羅や中国の地図が掲げてあって、自分の寮の部屋と同じ匂いを感じるとる事が出来た。
店主も変わった人で興味をそそられた。
最初に行った時に隣の座った若い学生風のカップルが料理を一品しか注文しなかった。
すると厨房から店主が出てきて「三品以上注文してくれますぅ、ポツポツ、ポツポツおじぃちゃんのしょーべんみたいに頼まれてもメンドーくさいんで」
とぶっきらぼうにそのカップルに言った。
その若いカップルはその一言にビビってしまって五品を追加注文した。
細身のそのカップルは勿論かなりの量の料理を残して、勘定して出て行こうとした。
するとまたもや店主が出てきて
「おいっ、最近の若いもんは自分の食べる量もわからんのかぁ、残すんやったら頼むな、作った人の事を考えた事があるんかぁ、何も料理だけやないぞ、百姓や身を捧げた動物、ここまでそれを運んできてくれた人、そんな色々な人の手を渡ってここまでやって来たんやぁ、そんな事考えた事あるんかぁ、どうせピアかなんかで見て姉ちゃん口説くのんが目的で、下心一杯でちんちん大きゅうして来たんちゃうんかぁ、ええっ、どうや。それになぁ、もっと気に入らんのが何でも金出しゃぁ済むと思いやがって、どうせ親のすねかじりやろぉ、ええ身分やのぉ。てめぇで稼いだ金やったらこんなに残すかぁ、金はええからすぐにこの店から出て行け、そして二度と来んな。
それから兄ちゃんの学校の連れにもよう言うとけ、てめぇで稼いだ金しか持って来んなぁ」
 そのカップルは無言で頭だけを下げて店から出ていった。
 店主は残った客に「ちゅうとこですわぁ」と一言いって厨房に消えた。 
 僕はこの流浪屋で親しい連中と密談するのが好きだった。
友達の彼女と二人っきりで籠もって相談に乗った。
あの頃の僕は他人の悩みを抱え込む事が多かった。
 大豊真弓という女の子がいて、彼女は僕の友達の万次と交際を始めたばかりだった。
僕は大豊真弓の事をお豊ちゃんと呼んでいた。
問題はそのお豊ちゃんには万次の前に交際していた男がいて、案の定というか女一人男二人の三角関係だった。
万次の前の男にお豊ちゃんの方から一方的に交際打ち切りを宣言して、万次を口説いて万次と交際するようになったという。
問題はお豊ちゃんの前の男が東京に転勤になって、その後でお豊ちゃんと万次の間に肉体関係が成立してから発生したと言う。
前の男もまだお豊ちゃんに未練があり、万次も勿論お豊ちゃんの事が好きだ。
前の男との事も万次との事もお豊ちゃんの方から言い出したのに、お豊ちゃんはすぐにでも東京に行って前の男に会いたいと言う。
僕は大原恵子の例もあるので、しもつながりがこの問題の原因かどうかをお豊ちゃんに聞いてみた。
やはりそうだった。万次との性交より前の男との性交の方がいいのだと言う。
僕はムチムチでプリプリのお豊ちゃんに好意を寄せていたが万次との友情を守るためにあえてお豊ちゃんを口説かない事をお豊ちゃんに宣言した。
「あら、そんなの関係ないのに」と、お豊ちゃんは言っていた。
僕はこれ以上この問題が複雑になるのを避けたかったのだ。
 お豊ちゃんは悩みに悩んである日全てを万次に告白し、「自分を確かめてくる」と言って新幹線に飛び乗り東京の前の男の所に行ったりもした。
万次は何がなんだがさっぱりわからないと言う。
お豊ちゃんの行動に翻弄されるだけだと言う。
 相変わらずこの問題はこれ以上進まなかったが「流浪屋」に籠もって色々とお豊ちゃんと話をした。
今から思えば友情のためだ何だときれい事を言わずにお豊ちゃんを口説けば良かったと思っている。
 ある時を境にお豊ちゃんとも会う機会が減ってきて、彼女との関係は自然に消滅した。
その頃万次に新しい彼女が出来たと聞いたので、万次に事情を聞いてみた。
お豊ちゃんには新しい男ができ、前の男と万次に一方的にさよらなを言って関係を清算したらしい。